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平成14年 5月号 | |
上石隆明 |
真新しい紙で指先切りたれば自殺志願のあの日のごとく 水色のボールペンにて吾子が書く走り書きは空に続けり うつぶせになるかどうかで迷いたり壊れいくまで寝入いる前 パソコンの音が響く夜中には終わりはこない一人遊びの 梅の香が朝の大気を太らせて春の息吹きか若葉の雫 青空に誘われ来たる海辺には真面目なだけの吾佇みて |
遠藤たか子 |
ふかぶかと白の界あり暖冬の町よりきたるさびしさに踏む 傾ぐありうづくまるあり反照の雪塊群落影あをく立つ 寒気雲とどろ奔る山頂にもの言ふとなく立てり樹氷は 雪圧を保護とし堪へて春をまつオホシラビソゆうらり巨体を揺りぬ 夜は千の樹氷にひしと刺さる雪あらむ尾根より吹雪く蔵王に |
水野碧祥 |
須賀川で小山実稚恵のリサイタル腰を伸ばして弾む指みる 痛まねば判らぬ人間の痛みをば今朝判るなり湿布を貼りつつ 徒歩二分の整形外科の道のりを杖つき医者に脂汗でる 病む腰に注射ちくりと刺されおり痛みが消える魔法のように |
小野田正之 |
冬川のみずともしきを渉りつつ老思索者のごときしらさぎ 枯れてなほ立つ葦むらをすぐるとき草神さやぐ声をしきりする 竹むらの竹は互みに打ちあへば打つものあらむ打たるるあらむ 蜜柑のうすき唇がわが口をすふかかる独りゐの昼餉ののちを 雪ならば消えも入りなむ歓びぞ幼子は不意に毬のごとしも 二度三度とらへそこねて魚一尾小鷺呑みこむまでを見てゐつ |
二瓶文子 |
電話のベル今か今かと鳴るを待つ留学せしこの声の聞きたし 留学せし子から電話待てなくて片言の英語で電話かけおり コスタリカへ電話をかけて「ハロー」という答えに思わず「もしもし」と言う |
齋藤芳生 |
ばきばきとチョークが折れる真冬日の隙間に君は佇んでいる 我に来てしがみつきたる少年のスケート靴のひも解けており 生真面目に雲を睨んで少年の後あやとび四十二回 そろばんの5−3に迷う子の人差し指に逆剥けあり さみどりと教えれば子はさみどりとつぶやきながら 春の校庭 |
近代美術 糠塚たかし |
精神の三色みみずが空を飛ぶカンディンスキーにうきうきする ゲルニカを描いたピカソは激しいが優しい女が大好きだった たましいが色彩となり音楽を奏ではじめるクレーの絵画 凄惨な戦争絵巻サイパン島玉砕図にうめき声聞く 正二と槐多の絵が並んでいる若き日のいのりをこめて 清澄な魁夷の「道」を見た後に裏に回れば位里の「原爆の図」 穏やかな和んだままにうまを描く坂本繁二郎に安らいでくる |
柴田桂花 |
掌の冷たき小箱待望の電子辞書なり軽き広辞苑 まるで子がゲーム遊びをするように心弾んで検索をする 石段を上がりてゆけば仄甘き梅林の花綻び始めぬ 老松が青々と葉を光らせて佇む古刹雨は降り初む 老僧が時告ぐ朝の鐘楼に夜露は玉と光る欄干 仏前に座せば仄かに雨戸より光こぼれて弥陀の微笑み |
野崎善雄 |
病院の五階の窓の真下にて豆まき神社いま大童 この柿のかき色のつやつやつやし賞味期限はすでに過ぎしに 賞味期限すぎしみかんの裏にくさるそれのごときか生かされてわれ 白鳥はねむるにあらずや阿武隈の中州の風よやわらやわらに 白鳥は群は中州に集まりて首折りねむる夢は白木か ふくらみの力みちたり大蕾写さむとする待機写真家 |