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平成14年 8月号
上石隆明 暁の庭に心は忘れられ息噴きはじめし土の匂いは
真夜中にマカロニ冷めて寂しさは胸のすき間に広がってゆく
自転車は雨に打たれて横たわる崖っぷちなる吾にも似たる
地下道に重き空気を裂きゆくは透明人間になりし「わたくし」
遠藤たか子 丘畑の風にひねもす撫でらるる白ラベンダー香を撒きちらし
をさなごも犬もみてゐる雲の影ぐんぐん畑をよぎりてゆきぬ
わがかぶる鍔広帽子香草の林をどこまで行きても衍字
ラベンダーばたけの果たてむらさきにより烟りひととき雲雀を浮かす
雲間より陽のさす一処海の辺に見えてあかるし望蜀のごと
風景はどこかが常にかすみつつ展望台ありときどき昇る
齋藤芳生 告白は芍薬の香は球形にたちこめていてはじけたりふいに
えごの木のえごの花散り六月の花ぬすびとが笑う雲天
あまのじゃく頬ひっぱたく白昼夢手の甲のみが日に灼けていし
我が指示に42本の親指がカッターナイフの刃を出してゆく
小学校教師仕様の嘘である君に微笑み返すこの眼は
柴田 桂花
二ツ箭山
くちなわは小さき葉擦れの音残し斜面に消える銀の体よ
見上ぐれば険しき岩の連なりて登るほかなし鎖場屹立
修験台の巨厳に梵字刻まれし梵字の影に山伏見ゆる
ヤッホーと呼び声山に木霊する少女のようなと友と笑えり
ガラス戸に貼りついている蛙君人の住処は興味深いか
見切られた隅に大鉢紫陽花のおたふくという名にひかれ買う
糠塚たかし 悲しみの重しをずっと背負っている吾子の話を驚いて聞く
太陽と結婚すると繰り返す哀しい吾子がなおも愛しい
豹変し妻を詰りし子の声に吾が魂の震え止まらず
一人娘が魂深く悩むなれ生きる中身を我も問いけり\