年度目次へ 平成14年目次へ 表紙へ戻る |
|
平成14年9月号 | |
上石隆明 |
朝刊をめくれば雨の匂いして遠くをみつむる難民写す とけそうな君の言葉は続かなくブランコ揺るる陽落ちるまで 路地抜けてするいするりと迷わずに目覚めた朝は雨が降りおり オレンジの不吉なまでの月あかり翳りが見えた日本にも似て 春霞梢の雫たれている梅雨の空は心にも似て 王様が見えない吾子の絵本にも軍隊マーチは響いていた |
齋藤芳生 |
花言葉も花ぬすびとのくちづけも知らぬ両手のかさついていし 後手に持つ意志いつもそれぞれに夕焼けいて寂し逢瀬は ほどかれて君にあみなおされてゆく負けず嫌いの分子構造 爆風のような樹林の夕立と君の怒りに抱きしめられる 独白に濡れたる思慕のゆくはては樹雨あつめて震うみずうみ しんしんと霧吐き眠りおる湖水叩かん淡き思慕もろともに 知恵の輪を解かれるように抱擁を解かれて深夜水ばかり飲む |
遠藤たか子 |
波の上にふいに崩れしサーファーの残像のこる立つと見えしが キャパ展の「倒れる兵士」幾たびも波に沈むを見下ろして佇つ 子らの世に徴兵あるなテトラポットにぶつかりぶつかり圧し寄せる潮 蜂あまた潜らせてゐるネズミモチ花を零せり潮騒のなか 窓開けて風を入れたり青葉の夜湿りし庭の土にほふまで 鳥よりも雲よりも人のすぎゆきの迅き朝を傘さして行く ボディメカニックス今日は学ばん雨の日の介護講習父母には言はず |
水野 碧祥 |
「手術する」ぽとりと言いし母の声次の間にいて寝息聴く夜 戦争を回避するためサッカーをワールドカップは指命帯びてる アッズリーの練習試合空中でぶつかる音と呼吸(イキ)は激しく |
小野田正之 |
白月のひかりに濡れて草伏すに五月の夜を哭く虫はゐず ひとしきり呼びてまたよぶ郭公の今朝は勿来の関のあたりぞ ためらはずつと落梅に伸びゆきし指ありしかもわが指ならぬ 置き所なき思ひなれ窓にゐる蓑虫ひとひ居の定まらず 思ふこととりとめもなし蜘蛛の子の生れて間なきがまだ散らずゐる 初夏のみづのごとくに柔らかき部分にふるる歌こそあれな |
糠塚たかし |
稲本が喜び勇みはにかんでそんなゴールにワクワクしたり ミュンヘンのリオデジャネイロのヨコハマのみんなが見ているサッカーおかし 飛沫とぶ滝と緑の爽やかさワールドカップサッカー明日は決勝 生きていることの喜び妻がいて子供が育ち好きな絵を描く 魂の行方は光または闇、仏具の山の夕日哀しい 三千の名前があれば三千の魂があり誇りを持てり |
鬼女譚 野崎義雄 |
みちのくの安達ヶ原の黒塚の大杉に今雲かかるところ 今にして鬼魂のやどる黒塚の大杉の太根岩をかみをり 大岩の重ねに鬼のすみしとふ苔しめらせて今なほくらし 鬼婆の遺品什器はものかなしくらき宝庫におかれてありき 黒塚の安達ヶ原の遅田植(オソタウエ)田水に雲のさざれゆれみゆ |