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平成14年10月号 | |
上石隆明 |
埠頭に子と食みいるおむすびはほどけおちたり海に染みいる こませ撒き釣りたる魚のやせいるが生き生きした青い目をもてり 世の中のきびしき現実被膜して生きていこうか夢をみるため 帰り道は金を惜しめて歩けども真夜の空気の重さ増したり 魂の塊ひとつがおう吐するせまり来る波と夕陽背負いて 手のひらの潤いのなさ見つめいる寂しさのかたまりなくしてしまった |
二瓶文子 |
恋ひとつ失いしよりマイナーで始まる曲を好みて歌う 厨ごと惰性にこなす日の多く押し花の色徐々に褪せゆく 眠れねば起きているべし少しずつ狂い始める体内時計 |
遠藤たか子 |
朝靄はうすれゆきつつ海原の銀の平らに陽が射しはじむ うち寄せる潮沫踏めば背後よりまたくらぐらと起きあがる波 大白波たちあがるときの透きとほる暗部いつよりこの海は飼ふ きらきらと水しぶきを上げ防波堤濡れてゆきたり原発の海 浮標(ブイ)揺らし出で行きし船がゆつくりと沖に向き変ふ 歳月透ける 海よりの風に真昼の余韻充ち発電所そらに暮れのこりたり |
水野 碧祥 |
W杯の余韻未だ醒めずして満面笑みでキム氏は語る オペラにて日韓の橋を架けようとわれとキム氏の握手は堅く 感動に思わず放つブラボーはアリアの声とホールにひびく 冗談を通訳とおし言うキム氏笑いしわれのビールはすすむ アリランはこころに生きる峠なり日本語語る通訳の女(ヒト) |
齋藤芳生 |
朝毎に君を恋うなりよく光るトロンボーンを吹けば快晴 抱かれればテニスボールを打つ音と雨を待つ砂ほこりのにおい 練習試合と生徒ばかりが話題になる君と果物売場に並ぶ 君という輪郭の日々明らかになりゆくスケッチブックの素描 二十五歳の視界を揺らす夕立に濡れたあなたを抱きしめに行く 君の背が向こうに消えた踏切をどうと流れて行く風の群れ 手をつなぐ沈黙の後秋口の蝶が飛び立つように別れき |
野崎義雄 |
十字架の痛さの悲鳴うめきなど聖書にはなしただ思ふべし 孫夫婦のけんかの果ての長電話雨ははげしく降り続きけり 孫嫁の電話ながながすすり泣く強梅雨(コハツユ)の夜の果ても知らざる 天草の海群れなす鯛とらむ孫は豪雨を舟出しゆけり 孫の大漁うねりの海を戻り来ぬ心晴れしか雨しづくして |
板谷喜和子 |
八月の空の青さよ被爆地におきぎれにされし夫の幼な友たち 被爆者の会より戻り去年今年逝きにし人に手を合わす夫 くちなしの咲けば失くした児をおもうあの日梔子白く咲きおり 麻痺のこる右手に塩をこぼしつつ紫蘇もむ母の手紅く染まりぬ 父似とう兄と弟泣かされし母の小さな背中流しぬ |
柴田桂花 |
心平が名付けし夏井背戸峨廊自然の精気満ち満ちている 轟音を立て落下するトッカケの滝を登ればストレスも消ゆ ゴルジュ帯、水の流れはくちなわのごと岩肌を走る 岩肌にやさしく咲ける岩タバコ険しき淵もなごみて進 夏草を刈る男衆のチェンソーのギンギン音が炎天走る |