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平成14年11月号
上石隆明 ねむりたいアイスクリームが溶けるほど体の芯まで火照っていたり
飲み残こすコーヒーカップに付きいるは饒舌なまでの赤き紅あと
前世は何であったか子の額撫でればねむる蛙泣く中
隣家より流れて来たる夕食のにおいのひとつうちと重なる
ふわふわの弱きな心を吐き出して水鳥のごとくベットにねむる
容赦なく夏の日差しが溜りくる不在交番に赤き薔薇あり
遠藤たか子 雨の日の川を見にゆく雫溜めゲンノショウコウが花さく径を
やうやくに独りの涼しさ立てて行く河原にすすき濡れ細りたり
雨霽れし秋の田に薄陽さし初めてカハラヒハぱつと群れ翔ちて消ゆ
干し叩き剥きて茹でなほ晒すとふほき世の主食どんぐり拾ふ
グランドゼロとなる日のやうなわが町のどんぐり林のどんぐりかこれ
ポケットのどんぐり一個捨てかねて歩めば堰の水ひびく川
水野 碧祥 公園に旗が林立若人のアジは遠くにブルージーンズ
三歳に黒人が乗っているジープ見た戦の傷を今も忘れず
ラーメンを食みたるわれの背景は檻に囲まれ嘉手納基地ある
第九では本名徹次がタクト振る師走八日は開戦記念日
小野田正之 咲のぼる花とおもへど白萩の蝶形花冠散りやすきかな
白萩の咲きつぐ花に手をやればみどりほのかに刷きたるものを
咲きおもりしだるる萩のしろたへの噴泉なしてしづもる夕べ
夜一夜ひとつ明かりの射程距離白萩の白つひにまぎれず
昔女昔男のものがたりきぬぎぬといふ別れのありし
あひ見てののちの心とふ修辞法散りて咲くつぐ萩とこそ言へ
齋藤芳生
自家製
日本語テキスト
抱き合っていても夕陽に伸びてゆく私の影を君は知らない
教えよう私は隣にもういない未来を語るための日本語
原作とはひげの長さが違うらしい英訳されたる漱石の猫
その色は森、時に海 君の眼が舌の動きを確かめる時
地図上の故郷を君は風草の種子をみつめるように見ている
この恋も消えてゆくもの教科書に描かれたぱらぱら漫画のように
泣く我の一部始終を震えつつ見ていた精霊飛蝗が跳ねる
君が読む自家製日本語テキストのさいとうさんはうそつきである
我が裡につよき弦あり夜半低く大きく君を想う時鳴る
野崎義雄 木炭車登りかねたる伏拝(フシオガミ)坂ジープ来たきた敗戦彼の日
ジープ来た切れ目なく続くジープの列披占領下の心の疼き
鉛筆も湯呑みもオキュパイドジャパンと印刷されゐし敗戦日本
ひんがしに淡き星かげ一つありて立秋の暁暗きよらにすがし
「質問していいですか」と小学生色に見る化学変化の説明難し
板谷喜和子 生愛園に叔母を訪ねた帰り路夫は無言に車走らす
ひたすらに叔父の看とりに十七年呆けし叔母の眠れよ眠れ
弟が逝きしあの日に抱きしめた甥の背丈が鴨居に届く
介護センターにはじめて母を送り出し花柄のブラウス街に見つけぬ
下駄箱の母の草履を整理して介護シューズを二足買い足す
柴田桂花 風吹けばやさしく揺れる竜胆の青き花房山道に光る
ヨツヅミの悲しいまでに赤き実の微笑むごとく山風に耐え
静けさはすでに秋なり稲穂立つ田は立てられし案山子とともに
一針に愛込めて縫うぬいぐるみ誰のためでなく私の