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平成14年12月号
上石隆明 少しだけ消えてみたい錯覚におちたる午後に薔薇は咲かない
本当に日本は死んでしまったかお天道様の匂いがしない
吾を呼ぶやかんの音はけたたましい寂しき気持ちを紛らわしている
さまよえる吾子の気持ちはどこにある権現坂を登りきるまで
若き日の吾は落ち葉の上歩く凍れる心を溶かすがごとく
小野田正之 あはれあはれ田螺なく粒々といふべくあまた子をうみにけり
鳴き明かす虫に名のなきいにしへも夜をつくづくと耳を立てしや
見しことのなければひと日ひと群の風知草こそ戦ぐまなうら
雨風にうたれて早く散りしけるひと葉ひと葉はみな若き兵
身に深く石をしづめて行く秋ぞサルビアの紅も錆びゆく
遠藤たか子 すぢ雲のした迅き雲ながれゆきしんとあかるい秋の墳丘
アキアカネめぐりに飛ばし確かめる墓坑の跡や木棺の位置
陽のなかに落ち葉しきりに降る丘は山百合青い実をつけてゐる
地上いま稔りの季節栗の実をすこしいただく古墳の森に
にんげんの時間の外に建つ古墳むかし聞かざる音も聞くらむ
シュラウドに亀裂深まる秋の日の前方後円墳なにも言はざれど在る
水野 碧祥 議定書と地雷も批准できぬ国自由の女神何を見るらむ
警察か 世界のポリス名乗れども国防総省(ペンタゴン)燃え怯え伝わる
呆れてる枯れ葉剤ありコンビニに市民権受けボトルに化身
齋藤芳生 輪郭をつかめぬままにほうほうと広がるたまご色の画用紙
もう君は戻って来ない石段をああどんぐりがまた落ちてくる
夜半胸に気管支拡張剤を貼り君の噂に汲々とせり
星たちの座標軸いま音たてて歪みゆく この沈黙は罪
一等星ばかり探して君という一本の木の枝がねじれゆく
君はいまは声をかければ全天にかなごなに散るひとつの器
糠塚たかし
ディズニー
何するにつけても並ぶディズニーは天下太平あわれひつじ子
アベックと子供がいれば楽しいと思うディズニー棯じくれる俺
哀しみの何処になくてもディズニーはアメリカアメリカやはりアメリカ
ディズニーに集う善男善女たちいずれの地にて働くならむ
右見ても左を見てもアベックのディズニーシーはよいとこざんす
パチンコとディズニーランドの日本は栄枯盛衰いかなるときか
板谷喜和子 ひたひたと雨に打ち伏す萩の花ふいにわが罪おもいおこしぬ
点点と廊下をぬらす老母の尿を拭き取る回数ふえる
父逝きてのちの貧しさ語り合う三十三回忌の今日のこの席
夕飯も足らうはずなし幼な日を姉と早寝のひもじさしのぐ
それぞれの酒ぐせおもいつつ明日閉じる店のボトルの名札はずせり
新しき草履のはな緒つとのばし今日かぎりの店へといそぐ
柴田桂花 吹き渡る潮風の中砂浜に貝殻拾う幼子になる
嵐去り打ち倒されし稲田なり泣き伏すごとく案山子とともに
銀色の月の静かに照る夜は不思議の国の扉が開く
銀色の月の光に照らされて恥ずかしそうなひまわりの顔
銀色の糸を繰り出し風に乗り巣作り始むる蜘蛛をみている
熊坂光一 仕事終え一人寂しく居酒屋へ静かに飲みて家路に帰る
霧かかり一寸先が見えぬままただやみくもに働けり
疑似体験老人のつらさ少し知る秋晴れの健康祭り
御僧侶にどんな時に死ぬのかとおたずねすれば寿命と申す