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平成15年01月号
上石隆明 秋風が窓を開ければ疲れたる吾の体は迫り出している
うらがれて土に帰りし蟋蟀は野バラのとげで切れてしまった
雨を待つ病んだ土がありまして「く」の字の釘が転がっている
白き羽ふるわせながら吾は死ぬ激しく叫ぶやかんの中で
水底に潜んでいたる亀なれば水鳥のごとく飛ぶ夢もてり
雨が止みいつしか空は明るみて吾を引き寄せ白鳥の飛ぶ
ぶつ切りのジャガイモひとつ茹でられてジャングルジムの上を雲行く
遠藤たか子 わがバスのガラスをかすかに濡らしたる日照雨よ<柊野別れ>も過ぎつ
この山の話聞かせよ鞍馬寺の下山路ケーブルカーには乗らず
ひとしきり霰たばしる紅葉の横川(ヨカハ)にストール巻きなほす見ゆ
道の辺にたちまち白く吹き溜まる霰ばしばし落ち葉を叩く
離陸後の機内をはしる夕陽光定まりがたし湾傾けて
きつちりと包める四角の青あをとにほふ膝上の柿の葉すしは
京の旅つづけるわれの日々ありて立冬前夜鳥鳴き渡る
水野 碧祥 貴殿にはよろしくやれと祖母の筆七円はがき塵は積もりつ
毛筆で書くのが礼と思えども穂先がぶれる便箋真つ新
神宮の赤福餅を家で食む碧空仰ぎわれは肥ゆく
医王寺へ向かふ芭蕉も通り過ぐ飯坂街道バリアフリーに
マンションの公園少し減るけれど免許ない身にやさしや道路
小野田正之 鮭一尾の重さを吊す荒縄をつくづくとみて夜をゐるなり
おしよしいといふ語ありけり幼年期遠く母国のありにしごとく
本能は感情はじよもんびとと大差なから胡桃拾ひす
干満二汀線の中間を海岸線と定む、読みて辞書閉づ
時かけて力たくはへゐしごとく非望もたざる木草もみぢす
片貝といふ町あらばいはれなく雨は斜めにすぢ引きて降る
齋藤芳生 競い合う意志それぞれの風を得て紙飛行機のように離れる
君なしのこの休日を占めて咲くセイタカアワダチソウのざわめき
またひとつ単語を忘れたふりをして迂回を決めてしまった未来
君と見るこの降るような星たちを描くためのただ闇が必要
向き合えばやっぱりつめを噛む友の恋人はまた帰って来ない
過去形を知らない君の助手席で行く道の彼方だけを見つめる
二年前を知らない君と雨漏りの後を笑ってあかりを消そう
板谷喜和子 姉さんと呼ばれたような秋草のささやきかすかに弟の顕つ
昨日の落葉今日のもみじ葉芝の上に重なり合う音臥しおり
柿紅葉さくらもみじ葉窓に追い秋極みを床に臥しおり
カラカラと風に飛ばされゆく落葉母も夫も無言の夕餉
長身の夫の歩幅の衰えし枯葉踏みしむわが歩に合わす
幼き日の吾を追いかけし夢みたと歩けぬ母の醒めぎわ愛し
糠塚たかし 囲碁ばかり打って土日をついやして「歌林の会」の末席にいる
出張の電車の中の楽しみに「かりん」を開き人の声を聞く
福島の「かりん」の会の初講師田村広志さん初見の人
立ちつくす桃山時代の伊賀と志野こころの底にずしずしと来る
本当の自分の他に何人か潜んでいると我が子が言えり
柴田桂花 鳴呼あれは銀河鉄道暗闇の広野に光放ちて走る
塀越しの撓わに実る蜜柑には網掛けてある心悲しく
秋薔薇の甘きやさしきその香りロイヤルハイネスたおやかにたつ
霜月は海は静かな朝凪の魚の眠りを解きてゆく朝日
野崎善雄 高き山は霧に包まれ静もれり癌の友今埋骨せんとす
賛美歌の流るるなかに納骨さる霧は静かに流れはじめたり
タイランド医学生二人ステーして合掌の挨拶おもひがけなく
音楽と先生の笛よくひびき幼稚園運動会今盛りなり