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平成15年 3月号 | |
上石隆明 |
人間の性と営み否定して禍禍しくも生ゴミ積もる 哀しみがガラス戸揺らすこの冬は鉢の底まで光は届かず 夕の陽をため込み走る白きバスいずこへ行くのか乗客おらず 千年のねむりが残る風の中よぎって行った鬼ヤンマあり 空き瓶の中の空気が澱むように別れ話を一人聞きおり シーソーのくぼみの跡の水溜まり寒さに映えし冬の陽返す |
遠藤たか子 |
陽が射して響(ナ)る冬木立よくみればどの木も傷や瘤もちて立つ 朴すでに新芽蓄ふツタウルシの縫い目のやうな根を巻きながら うつすらと消残る雪に水芭蕉がかすかに芽吹く林道を行く 人が行き犬行きとき魑魅(スダマ)行く濡れて朽葉のにほふ林道 木から木へエナガ一家のあそぶ道歩を止めしばし樹になつてみる 灌木ゆぬつと突き出し軟弱な樹といふ全身棘の愡(タラ)の木 ゆきの日は雑木林の濃緑のアヲキを力とおもひて眠る |
水野 碧祥 |
八戸を今朝一番で発つ「はやて」駆ける瞬時をやまびこで見る ジングル・ベルの音が聞こえぬイヴの夜のディナーの席に達郎流るる 七年ぶりダンスの友と会う夕べ笑顔が弾む懐かしき声 クリスマスの夜に降る雪を悦んでサンタクロースは地球を翔る駆ける |
二瓶文子 |
一生叶わぬ夢は正月の海外旅行されど行きたし 神棚の埃を払い煮豆など作りて正月迎えんとする 給料の大半を競馬に注ぎ込んでバカタレ息子が親を泣かせる 甘い物とても食べたく思う日は少しのことにいらいらとする |
板谷喜和子 |
素枯れたる庭に一本の山茶花の紅はつか風にふるえる 乳飲み子の乳の匂いの移りゆく抱だき廻しぬ腕のいくつ 失くしたる子の歳ばかり数えおり継ぐものあらぬこの雪の庭 わずかなる母の年金送りやる兄に宛名を書く手がふるう いのちはや短かき母か果てもなく昔を語る目覚めいるとき なに一つ遺すものなき亡き父の老眼鏡を今朝も磨きぬ |
野崎善雄 |
樹齢百年を超ゆとう柚子の大木にたゆらたゆらと豊かなみのり この枝のユズはいかにも大きくて「おじいさんこれは切り残してよ」 柚子山のこの斜面より見ゆる街はるかくるまが走る年末 今ならばビニール槽にポリエチレン綿・馬槽(マブネ)のイエスおもいてみたり 山茶花は静かに咲けりキリストの降誕の時・イージス艦よ |
安倍三惠 |
あたたかな貴方の振ふ声帯の和音にこころ熱くなりけり わたくしの名前を呼びて啜り泣く淋しき影よ私はここだ ハンカチを右手でつかみ去りてゆく私はどれだけ悔やんでゐるのか 何色のいろ鉛筆を持つべきか時間の果てエスキスなくなる |