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平成15年目次
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平成15年09月号
上石隆明 自らの命すり減らし鳴く蛙誰に似るか水張られおり
魂が抜けるがごとく曇りいたる六月の空に山鳩が鳴く
DNA只それだけで鑑定すさびしきまでの偶像もあり
指先のかなしみひとつ消すときの赤チン一滴泪ににじむ
卵焼きのふっくらとした真ん中にナイフをさした白昼の夢
中年は女性化すると聞くけれど自覚なきまま濃くなりし髭
遠藤たか子 のぼりゆく朝の石段わが先へ先へと梅雨の空映しだす
いちまいの薄陽をそつと載せてゐる石段ありぬ杉雫して
霊廟の極彩様式総べてゐる黒に黄金なり扉を仰ぐ
銅瓦吽龍きしむをわらふがに山鳩ひくく鳴き出す朝
霧雨のむかうは煙雨街並の奥野の山々かき消えてゐる
水野碧祥 霧雨に吾妻小富士は見えずして傘のない身に露はしたたる
藤棚にあふれし花は咲き終えて今朝かがやける紫陽花の青
古来なら信夫の山を伏拝む信仰の文字消えし大和は
学生が岩魚を放つ天乃川下流で釣りの大人ありけり
植えられし稲が育ちつあおあおとあぜ道に咲く露草みている
小野田正之 真裸になりてよろこぶ女童のかいがらぼねは翼のかたち
玉ねぎほ扁球形も球形もかたみに影をかさねてしづか
大き手を持てるは詩人なりといふ俗説ありや後ろ手に行く
みづからの乳頭つまむをみなの絵 絵をみる人を見てゐるおみな
戸の開閉おもふやうにならざるは古びて意志もつゆゑにはあらじ
野崎善雄 船虫のささりて痛ししびれいたみテトラポットに当たりし時は
庭の木々それぞれのみどり競ひをり癌のいたみも忘れられゐて
新聞の見出し活字のみ読みて記事推量す強度の乱視
病体の遅き歩みの我の背を貸して歩きくれる友有難や
緑の芽があじさい色になってゆく梅雨の夕ぐれ幽(クラ)さのいのち
板谷喜和子 還暦を過ぎたる友の集い来て学園の朝華やぎている
しっとりと髪を湿らせ戻り道落ち葉ばかりの空濠の跡
いく日も雨に撓えり紫陽花の玉毬藍深さを競う
初夏のひかり差しくる枕辺に手鏡よせて柿若葉見る
居酒屋を終いて袖の通すことなかりし上布風にあており
にんげん
安倍三惠
寂しいと口に出だして終ふなら黙して生きむ汗拭きながら
あの谷に少し光が見ゆるならばそれを信じて我ら行かむや
人間が弱き者なら強者へとなりたし心よ助け給へよ