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平成16年目次
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平成16年06月号
上石隆明 淡き恋あの時一度のラブレター近頃特に楽しき記憶
しらしらと朝より続く春雨を待ちかねている陸奥もあり
陸橋の袂に眠る自転車はいつの間にか盗まれきしもの
ジャンパーを忘れて出社せし朝の川沿いの桜は芽吹いていたり
春の朝漕ぎい出したる小舟かな袖も長かり吾子の学ラン
遠藤たか子 山ふかく入りきて出遭ふ春の雪またワイパーに払ひつつ越ゆ
展示室の古い織機にたびら雪透けるがに軽目羽二重架かる
短命でありたる祖母の懇ろに糸繰る手わざ記憶にとどむ
春杉は冴え冴えと空に変若ち返り牧牛雨に濡れてかたる
この角を曲がればおもふ車にてすれ違うひしをもう亡き君を
水野碧祥 十七回忌法要終えて亡父に会う墨のかおりが新たな塔婆
法要の終わりし後のニュース聴く列車の爆破スペインにあり
憲法の危機を感じてこのわれに何ができるか日比谷へ行こう
シャイロックに誑かされるアメリカよ朗らか君の姿失せたり
ワシントンを塀で囲めばプリズンに君が主役の戦争犯罪
板谷喜和子 釣り竿を下げて帰りし父の夢に麻痺せぬ前の母がよりそう
ふっくらと膨らむ布団返すとき日向の匂いふくふくと満つ
一つ捨て二つすてつつまたひろう夢のつづきを手のひらに載す
散りゆかんはなとおもえば小夜吹ける風の音にも耳をすましぬ
ムンクの叫び
高橋俊彦
昔日は町の銀座と囃されし商店街を吹く冬の風
再びは開かぬものかシャッターにお詫びと感謝の紙貼られたり
またしても増えゆく税に四十年支持して来たる塔を見限る
投票の用紙にわれの書きたるは<へのへのもへじ>心空しも
手作りのバレンタインのチョコレートわが卓に置き子は出勤す
ア・カペラの楽に心の洗はれてこの夜ありけりホールの椅子に
撃ちもせず撃たれもせずに帰り来よ迷彩服の若き集団
ハナレバナレ
安倍三惠
ストライプシャツを丁寧に折りたたむ大きなシャツを大きな手にて
慕われる君を見ていて立ち止まる少し眉毛が細いと思って
ひっそりと流れる河を愛しいと思った心の行方は知れず
温かいまなざしで君は見ているからと涙の色の指輪を貰う
ひとつふたつ数える日々二人ぼっちで夕日を浴びる