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平成20年01月号
上石隆明 木の陰はゆっくり伸びて垂直な建物の線脅かしおり
真夜中の間違い電話に我怯え心もろとも点滅したる
コンビニもバスも軒並み廃止され昔の闇にもどる寂しい
夜を走る高速バスのタイヤ痕二本しっかり闇に続きて
一日を終えたる靴がそれぞれにドラマを見せる最終電車
斉藤芳生 この街に蒔かれたる我は種子として雨を待ちつつ午睡より目醒む
子どもらに打ち棄てられしピザの屑を糧として鳩のつがい飛び立つ
妻たちは桜の花を知らざればのぞく黒衣の中の紅
金色の砂蹴り上げてふるさとの庚申塚をひとつ棄てにき
聖典を我は持たねば菊花茶をまるき茶碗にひらきゆくのみ
スプリンクラーの水しか知らぬ花々の白すぎる白ゆえに枯れゆく
ジーンズの裾に黒衣を絡ませて少女が上がる朝の階段
水野碧祥 み仏は近くに住むと思ひたし阿弥陀は浮かぶオホーツク海
職辞めて先のことなど考へぬ身体と心は蝕まれつつある
わがことを相談するは一人だけ「いのちの電話」の女友達
温泉の秘湯の会で知り逢ひぬ露天風呂にて気を紛らす
相談せぬ自殺者多いと聴かされる「ガス抜きできたね」とY子は語る
至福なる時
高橋俊彦
散策はうたを拾ひつつ歩む七十ぢのわが至福なる時
乙女をば揶揄するごとくおゆびもてわれは遊びぬ秋のトンボと
暫くは去り難くゐフエルメールの「牛乳を注ぐ女」の前を
子鴨どち大きくなりぬ兵糧は数多ありけむこのどぶ川に
稲を刈る農のよろこびいかばかりならむ終日機を唸らせて
過ぎ行きはかくも疾きかゆゑありて去りにし妻も六十歳となる