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平成20年11月号
上石隆明 頭の中に消したき会話あまたありその人多く名前も言えず
隣居のごとくにあった田圃消え蛙の声を聴かぬ夏来て
小麦粉が高くなったら米粉へあざ笑うかな減反政策
暗闇にひっそり立てり時刻表一日二本通れば良しと
幸せを息子に少しわけるため朝からカレーを煮込みておりぬ
夕立は瞬時に過ぎて青空にいやなことをもみな消しさりて
斉藤芳生 どうにもこうにも怒り激しき太陽を抱きしめて凪ぐ海は暮れゆく
見世物の駱駝は己を見せることのみに徹してまばたきをする
噴水の多き街なり水の束を透かして遠き日輪を見る
白じろと新しき我はスニーカー女性の黒衣を踏んでしまいぬ
簡潔な水の変化よ朝方の窓を開ければ眼鏡が曇る
五時間の時差なれば今、我が母は父に朝餉をよそいいる頃
真白なるアラビア服が飲まんとす禁忌の酒の朱美しき
立山三山
水野碧祥
霊峰の神神われを誘ひぬ魂(タマ)は軽きに登りつつある
弥陀ヶ原(ミダガハラ)の木道に沿ふワタスゲや白く咲くのを眺めみるなり
碧空の雄山をめがけ登る吾(ア)に救難ヘリのごう音ひびく
母は吾に誕生祝ふプレゼント電波は時を刻みつつある
吾の誕生祝ひし仲間ありがたき雲上ビールは甘くほろにが
母のたなうら
高橋俊彦
この盆が帰宅最期になりさうな九十七歳の母のたなうら
しみじみと我も齢とり図書館の最年長となりにけらしも
暑中見舞の返事をつひに呉れざりし人の都合のキラキラとせよ
炊飯器の際に丸まり死にてゐつ昨夜払ひける蝙蝠ひとつ
涼かぜのそよろと吹かば一斉に奈落に落ちむ夏の蝉どち
ひと夏を啼き嗄らしける蝉どちを叩き落として寒し秋雨
鴇 悦子 船内のそこここで聞く方言は我を育てし思考の源
自分史を確かめんとして廃寺・枇杷 海辺の部落に尋ね当てたり
幼日に蛭に吸われてとりし枇杷 大樹となりて山門脇に
五十年をタイムスリップしたように幼日に住みし廃寺は建てり
吾娘逝きて記憶おぼろな数年を我に添い寝す形見の猫は