年度目次へ
平成21年目次へ
表紙へ戻る
平成21年01月号
上石隆明 故郷から離れて行く姉追いかけた中一の春の心の欠落
擦り切れた荷造り紐に絡まった吾に聞こえる父の泣き声
息子の笑顔久方ぶりに見た気がす転校するも三月が過ぎて
話すうち涙ぐみたる母がいて晩夏のなごり唐黍の髭
寒々と吾の憎しみ零すよに白百日紅朽ちし庭隅
憧れも夕陽も果てて沈みたるブリキのごとき心は残こる
君の名前
斉藤芳生
まっすぐな脚をもて外へ駆けてゆく「翼」という名をもつ四年生
イスラム教に改宗したる友人は「光」とうあたらしき名をもつ
「幸せな人」という名の少年が我に手を振る 幸せであれ
この子の名は「神の忠実なる僕」長い睫毛をまたたかせいる
かたかなで書きし名前を次々に壁面に貼り子らを待ちおり
夕暮れの砂漠のように寡黙な子寡黙なままに手を握り来る
秋の風景
水野碧祥
金色の仏像に吾は手を合はせ灯明のほのほは風に揺れつつ
尺二寸の蝋燭に願をわれかけぬ「病気平癒と縁」を望めり
「らふそくのほのほは三日燃え続く」と真顔で僧は語りつつある
霊山(リョウゼン)に太平洋を眺むればフェリーの姿浮かびくるなり
霊山の血潮激しき霜葉に南朝の栄(エイ)思ひつつあり
頂上より見下ろしており信夫山(シノブヤマ)福島盆地の心(シン)に浮かべり
死に給ふ母
高橋俊彦
担送車(ストレッチャー)に載せられ既にわが母は事切れてゐつ馳せ付けみれば
死に給ふ母に添ひ臥し寝ぬれども眠れぬままに夜は明けそむ
皺ひとつなく色白で器量よき九十八歳ひつぎに眠る
常乙女のままに往けよと紅を引き髪を整ふ孫のわが子は
生前に母の好みし唄いくつ遺影に対ひ我はうたひつ
骨壺に隠れし母の唱和して「北国の春」ああ!咽び泣きつつ
鴇 悦子 十八に島出し我の心境は今放たれし朱鷺と納得
金堀し無宿の人の二千余なる命の軽さは墓石二つ
金堀りの無宿の墓を尋ねれば石段脇に水引が咲く
物欲のなくなり本や衣捨て身軽になりたいこの一、二年
秋冷の青空に伸ぶる朝顔の濃き青がヨガをしつつ目にしむ