年度目次へ
平成21年目次へ
表紙へ戻る
平成21年04月号
上石隆明 ストラップ取れてしまった携帯の息子のような煩わしさは
冬の影剥ぎ取るために振りかざすナイフのごとき夜の吹雪は
足して二にならぬ幸せ潜ませて高二の息子登校したり
両足もぬかる畦道無くなりて日本タンポポいずこに消えた
見上げれば瓦の雪も溶け始めすり抜けていく冬のかおりが
歯磨きを空に向かって押し出せばかけがえなきもの今日の自由は
濡れた髪ゆっくりゆっくり拭きながら息子のニキビ見つめていたり
斉藤芳生 アブダビのパンは平べったく丸く私をつつむように大きい
アラビア色の鳩のつがいが待っている私が捨てるはずのパン屑
日本ももう、大変だよと父が言うかたき刃物が今日も降りいる
アラビアの越豊かなる女たち爪の短き手を握り合う
石の壁にちょろりと舌を出すとかげ雨粒ひとつほしいと鳴けり
この霧が晴れたら降りてゆきましょう震える白き機体と 私
この街の霧には砂の香が混じる私からあなたへと流れゆく
岩沼「第九」
水野碧祥
ストレスで声は出ぬなりこの三年「第九」を歌う魂(タマ)は不安に
練習の友の温もり吾に伝ふ響いてをりぬバリトンの声
三楽章の曲を聴く吾は微睡みぬ桃源郷をさ迷ひゆけり
四楽章に蝶ネクタイを締め直し「オー・フロイデ」と歌ふわれなり
マシストロタクト振り終へ汗ぬぐふ<五十五分>は早すぎるなり
高橋俊彦 アメリカ発金融不況の広がりにわれも財布の紐を堅くす
冬草の敷きつめられし野に影を落として鳶はは宙を舞ふなり
ブラックの珈琲こそは火酒のごとちびりちびりと咽に流せ
すれ違ふをみなの香り風に乗りわれの鼻腔に流れ込む快
降誕の夜の宴に賛美歌をひとつ唄ひぬ天使まがひに
青春は無限時空と思ひしにまばたき三度老境に入る
朝床に潜れるは快、ダリの時計九時指しをればがばと飛び起く
鴇 悦子 寝たきりの父の肺炎鎮まれよ吹雪く日もある郷を思えば
家焼けて幼き我に焼きつきし記憶は父の頬を伝う涙
悔しかり気管切開せし父の意志は首振り 頬伝う涙
生きる気なく生かされている父を見る父は激しく生きたい筈だ
我支えし寡黙な母に何なしたか数えて悔いる娘の嫁ぐ今
還暦まで抗いてきてようやくに親とうもの悲しみに触れる