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平成21年09月号
上石隆明 鴬の声広がらぬ雑木林日本に増えし父子家庭あり
ひとつづつゆっくり釦を外すよう息子の生活穏やかになり
見渡せば緑の絨毯埋め尽くし長い残照この村にあり
佇つホーム幾人の人が死にたるも定時定刻始発は出たり
一言を言えば争う気がした日卓袱台少し右へ移動す
何からか逃げるために人は為すBCGの傷跡薄く
月の上を
歩くひと
斉藤芳生
ひたすらに回り続けし独楽ありて独楽なればついに倒れたり今日
スーパー・スターの心臓あわれ満月を待たず世界を吹き飛ばしたり
伝説になった刹那の心臓は痛んだろう五十歳の少年
「天才」と呼ばれたあの子 邪推にて喰いつぶしたる群衆のひとり
重力が消えちゃったように回るひと それを真似した男の子たち
むらぎものこころは月にありてなお歩みいるらん ままに光れよ
ムーン・ウォークをするつま先に今日からはただ穏やかに降れよ雨 雨
ピアニスト
水野碧祥
百八十センチあるよとピアニスト白い素肌にドレスの映える
三歩半進めばとどくピアニスト最前列でわれは聴くなり
「展覧会の絵」主題の音色聴きし吾の魂に優しく問ひて来るなり
アンコールにラ・カンパネラを聴きゐるに生演奏の深き感激
赤い薔薇だつた一輪贈る吾の半歩進めば奏者の手の平
高橋俊彦
鴇 悦子 嫁ぐ子に病隠して手を取りてバージンロードを夫は歩む
嵐の前の静けさ不気味に夫つ待つ告知・治療はいかなるものか
入院する夫をおきて走る高速道、青空の脇に桐の花濃き
朝々の散歩で夫に花の名を指差し教うる心には靄
夫病めば木々の若芽の色・正気、見ている私の芯が折れそう