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平成21年11月号
上石隆明 便箋に青きインクが滲むごと問わず語りの母の恋話(コイバナ)
川に行く約束忘れし休日の父はいつでも急がし過ぎる
簡潔な君の心が抱くよう走り雨去り虹を見つけた
吐いている心の苦さを吐いている取り残される休日の午後
海に行く山に行くとも約束す君との距離を確かめるため
「金八」に涙流した青春の過呼吸のごとき思い出がある
斉藤芳生 家猫であった証の赤き輪を見せてお前は甘えてくれぬ
住所不定無職はもういやだ、いやだ よごれた犬の眼の黒きかな
うっとりと夏の草噛みくだきゆく飛蝗の顎に故郷も喰わるる
どのように触れても触れなくても桃はいたみやすくて母はかなしむ
向日葵の大輪咲けり私の恋の歌には振り向きもせず
うつくしき草色に背に染めて立つおおかまきりよ、我は紅
山河ありさんさんと雨の降る限り我の裡にもひかるうぶすな
奈良公園
水野碧祥
地図を見て東大寺へと行かむとすわれのマップを食むのは鹿なり
無邪気にも無心にマップ食む雌鹿きらりと光る瞳大きく
ミニサイズのわれの瞳と比べみるメガネをかけぬ鹿を見るなり
早暁に東大寺へと参りつつわれは心経心で唱ふ
毘廬遮那の鬼門はありし柱なり潜らむかいや無理かと思ふ
異次元の夜
高橋俊彦
月二つ掛ける夜を独り聞くヤナーチェックのシンフォニエッタ
一日に二十ページの再読と思ひつつ繰る『太鼓の空間』
信号は赤青黄と変はるなりこの単純こそ尊ぶべけれ
ガラス鉢にペチュニアの花浮かせたり乙女心はかくて上気す
かき上げてピンで止めたる黒髪をまたほどきつつ乙女遊べり
暑き夜を子と二人食ふトコロテン無明の味をこよなく愛す
悠久のきらめきを見せ流れゆく街川にとぶ御歯黒蜻蛉
鴇 悦子 夫撒きし野菜の苗はひと月の入院の間にシシトウになる
蓬茶と無農薬野菜ジュース飲む病後の夫とともに痩せおる
亡き吾子の梔子にいるスカシバが今年も歯を喰む血を吸うように
一葉を二匹で喰む青虫の生き残る色、神は与えし
目高にも苛めがあるか小さきを突くごと追える大きものあり
角度変え翳る日食、宿題の手伝いで見る思いがけなく