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平成22年06月号 | |
上石隆明 |
ふつふつと滾る土鍋に投げ込みしはまぐり開きてなぜか悲しい 帰り道見失う夢から目覚めたり友のメールが飲み会誘う 割られたる黒きテレビが夕闇にうずくまっており何が足りない どっとまた黒き塊吐き出した巻き戻せぬは吾の身体か いつからか春の雨が窓を打ち昔と同じ臭いをさせて |
斉藤芳生 |
滾滾と水湧く井戸を我も掘らん耳の中まで砂に汚して いと賢き少年のあたま守りつつ粗布は砂と風とを耐える 子を叱る「おまえはムスリムなのだろう?」父は神を示さねばならぬ 匙をもてざっくりと掬いたいような真冬の富士を思い出しおり 王子がひとり夭折したり街中も半旗三日三晩垂れる 砂の民ではなくむしろ風の民 聖典の朗誦が聞こえる 描かれた風のようなるアラビアの文字を見る金色の砂の上 |
斑鳩の郷 水野碧祥 |
中宮寺の弥勒菩薩は吾を魅了し正座しながら真言となふ ゆつくりと菩薩眺むるはわれのみかそそくさ帰る人の多かり 絶版の写真見せつつ吾のために弥勒菩薩を説明してゐる 七十分の正座終へたり中宮寺「また来ますよ」と心に誓ふ 法輪寺に歩いて行けばさやさやと稲葉は揺れる斑鳩の里 |
古稀過ぎて 高橋俊彦 |
あひふれてめくるめく日を送りしは二十年前すでに古稀を過ぐ やるべきが何もなきは寂しいぞ年金暮らしのこれ落とし穴 温泉に浸りてをれば浮かびくる我がこし方の奮闘の日日 夜もすがら降り積もりたる雪ふみて新聞、牛乳相次いで来つ ひさびさの大雪なれば蟄居してひすがら本を繰りをり我は 生涯にひとりも人を斬りしことなき剣客の坂本龍馬 |
鴇 悦子 |
縮めればここまでこれから道あれど芯ある孤独がこりこり硬い ナビもなく吹きつける雪はらいつつ走る車に我が道重ぬ クリオネの小さき体透きとおる中に命の赤が鮮やか 骨格にしかと五本の指見れば子を産む鯨は我は同類 鮟鱇を食する宿の浜辺にて魚とまがうサーフィンの群れ |