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平成22年09月号
上石隆明 一本の長き白髭を見つけたり単純な吾の老いの始まり
新鮮な卵犇く冷蔵庫ささやかなれど幸かもしれぬ
喜びも悲しみも湧かない日曜日玉子を割れば黄身がプルンと
遅れてくる花火の音が切なくて僕を飲み込む巨大な闇が
一畳のベットに母の島があり涙声のみ洩れ聞こえ来る
強く吸う君の乳房が暖かい遠く何処かで雷鳴響く
斉藤芳生 労働者たちへの壮大な賞与「砂漠から鯨の骨が出てきた」
ああ砂漠油田ガス田のみにあらず鯨の骨まで隠していたり
ざざざざざと砂は落ちつつクレーンで持ち上げられし鯨の頭部
巨きくて優しき鯨 砂の中に閉じ込められても気づかないほど
私の前世の骨もきっとある死せる者にはやさしき砂漠
熱風も砂塵も避けて生きてゆく私の足跡は残らない
優しき鯨の巨きな躯眠らせて砂漠はいつも砂漠であった
水野碧祥 電磁波を遮断してゐる紺色のエプロン似合ふ女なり
海の辺のかをりを求めていわき市に叔父叔母住みし小川郷なり
心平の生家近くに住む叔父の今も生きてる草野心平
俳人の顔持つ叔父は庭球で旗手を務める国体選手
あからひく月
高橋俊彦
死に顔の母のほつぺた瑞々し九十八歳あからひく月
よべ夢に立ち現れし父母と麺束ねゐつその生業の
味の濃きコーヒーを欲る昼下がり女男瞼がくつつきさうな
照り陰りしてひかがみの遠ざかる女子校前のひとときの夢
十四年のキャリアを捨てて家業なる蕎麦屋を継ぎぬ我が娘子は
鴇 悦子 三年の違和感消えて抜き取りしプレートを見る右腕を見る
彩り良き花煙草見れば浮かびくる葉煙草干しをせし児らの夏
牛豚が口蹄疫の予防のため殺めらるるを猫を抱きて見る
木々の蛍イルミネーション見るごとく点滅しおりしばし黙せり
十薬を茶にと手折れば花は八重、狭庭の隅を明るます白