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平成22年12月号
上石隆明 幽けき日独り寂しく下校する姿立ちくる金木犀の香
貝のように籠もりし事がありし息子が眩しきまでの笑顔をくれる
温麺をただひたすらに啜るのみ蒸し暑き夜の快楽として
虚しさを積み込みくれる蔵あると告げて飛び立つ一羽の百舌鳥が
翁杉洞に虚ろの光り溜め虚空に向かい倒れいきたり
ゆっくりと地上を駆ける風がある喜び誘う寒の朝焼け
さくらいろ濡れて流れてしとしとと桜は戦の悲しみ纏う
斉藤芳生 ふるさとは霧雨の中私を抱いてしんしんと泣き給いけり
砂の国の君にこころを残しつつふるさとの濃き緑に噎せる
わたくしの呼気はみどりに染まりゆき里山よかくも君は遠のく
チョウトンボま白き水の上を飛びあなたの声もたちまちに消ゆ
やさしきひとの皮厚き掌に丸められ墓前に白玉団子が三つ
涼やかな島でありしよひとりきり泳ぎ続けし海はあなたは
鬱然とありし大杉伐られたりどおおおおんと落ちる郷土史
会津路
水野洋一
ならぬものならぬと語る標柱が会津の駅に立つてゐるなり
透(ス)く傘をさしつつ急ぐ人数多白虎隊士の傍(カタヘ)行くなり
黄鶴楼の中華料理を食みながら磐梯山を望みつつある
受賞する夫の顔を見たい妻表彰状の筒を贈りぬ
農人は紙のコップに鉛筆で短歌を詠むなりメモはあらざる
白髯も亦善し
高橋俊彦
のきれいな人はその顔を見ずとも分かる佳人ならむと
山みちを来てわれひそと語りかく木陰に咲ける一人静に
台風のそれたる空の鈍色に濃淡ありて見ればおもしろ
巨大船水平線を滑りゆき時の間にして視界より失す
ひょっとこの男踊りに次ぎてゆく女踊りの艶やかさかな
若きらはたれも我より背が高く背伸びして見つ阿波の踊りを
鴇 悦子 我が魂は佐渡より生まて逝くところ、人、草々に触れたき彼岸
残しおく郷田に家の設計図描いてみるなり夢と思えど
稲束を数段の稲架に放り上ぐ手伝いありし郷の秋休み
名を呼べば応え鳴きながら寄り来ては頬にタッチする猫との暮らし
狗尾草狩りするごとく咥えて獲物を見せる仕草せし猫