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平成23年01月号
上石隆明 「いらっしゃいませ」空々しき言葉そこかしこ面も上げずに銀行員は
色づきし銀杏並木にくる夕べ無数につきし嘘を隠して
パソコンで描きし線が立ち上がり柱となりて壁を支える
壮年のこの一日は長くとも食いしばるためにあると唇
Yシャツと戯れるため干されたり風にもなれる今日の私も
斉藤芳生 世界には砂漠がむしろ多いことしつこく葛の蔓を刈りつつ
干し柿に選び抜かれし故郷味買い求めたりアラビアにいて
「KAKI」として彼の地に逢いし干し柿を揺らして君を思い出そうよ
髭の濃さを競い合うべしアラビアの男が満員電車におれば
アラビアの楽器を抱いて乗る電車立てばすなわち私も鳴る
ベドウィンは駱駝、会津のひとは馬 働いた家畜を食うなり人は
土佐高知
水野洋一
車窓から瀬戸内海を見下ろしぬ緩り進みぬ特急電車
桂浜の海水を掬へば透いてゐる足裏を責める熱き砂浜
板垣退助は長生きしたと匕首(アヒクチ)は記念館にてわれに語りぬ
板垣のブロンズ建ちぬ高知城天を指さし自由を語る
冷え冷えの船中八策冷酒飲む勧め上手に会話は弾む
あわあわの三太郎
高橋俊彦
教会へ行かなくなりて十月経ぬこんなにもイエスを愛してゐるに
人工歯パカリと取ればあわあわの三太郎なり古稀過ぎのわれ
歌の種子あまた撒きしに遂にどの鉢にも出芽の兆し見えざる
安らぎを与へ呉るるは「主の祈り」ならず覚えし「般若心経」
我が庭の銀杏大樹の誇らしさひと風吹けば黄金を散らす
鴇 悦子 巣立つ子を見る胸内の淋しさに母の心に至る道あり
繰り言に呼べば応えそうな顔をして母は写真に笑まいておりぬ
屋号もて家呼びし郷、今もなお屋号は電話帳にありぬ
郷離れ半世紀経てば話し言葉ちゃんぽんになり時に戸惑う
叔母ちゃんをちゃん付けで呼ぶ不思議さよ老いれば我も悦ちゃんになる