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平成23年03月号
北国
上石隆明
幸せはそんな事かもしれなくて冷蔵庫には卵が五つ
ほっかりと春の光りで目覚めたき食い縛り行く北風の中
無茶苦茶に硝子が多い新宿はたくさんの月が顔を出しおり
突き抜けるごとくに降れり雪に問う春の列車はまだ着かぬかと
指先のたまごの感触やさしくも生れることなき闇を持ちたり
すれ違うの風の感触嬉しくて新幹線のドアに立ちたる
斉藤芳生 ひよどりが甲高く啼き冬空を裂けば寒気のどうと吹き込む
弦楽器の空洞にながく眠りたし弦の幾度切れし不景気
アラビアの楽器の弦をきりきりと締めて私をとり戻したり
上から下に文字は進んで新刊の活字が我に働け、と言う
塩の道細く残りて旅人を待てど小雪の吸われゆくのみ
冬枯れの枝に林檎を挿し ひよどりのように苛立ち私も啼く
水野洋一 十七歳修学旅行行けぬなり奈良のみやこに夢をひろげる
二十五で初めて訪ひぬ京都駅われを迎へる夕陽かがやく
平城京寺社の資料を集めゐる思ひ馳せたり古代の日本
成績証卒業証明携へて奈良大学をめざす新年なり
大宰府の天満宮に願掛けぬ合格いのる葉月なりけり
夜の散策
高橋俊彦
セーターの編み目を通し刺す風も心地よきかな夜の散策
御巡りに不審尋問われ受けて今夜の歩み台無しとなる
この人も孤高の人か我よりも永く茶房に居座れるなり
すずしろを薄く切りたるごとく月出でて乙女は目をば細めつ
抗癌剤うちて黒髪失ひし義妹の目見に写れ綺羅星
鴇 悦子 冬晴れの空の青さは薄すぎてマシーンを漕ぐわれも溶けそう
ワイパーを激しく動かすこの雨は大雪になるはずだった雨
蕗の薹香る年越し蕎麦食みぬ病後一年過ぎたる夫と
疣なし鐘撞きて娘の安産を祈りお守りを買う七日堂
餌をねだる声する枕辺朝の五時、吾娘の残せる猫も老い来ぬ
雪乗せて師走ひと月咲く桜去年も今年も雪の色して