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平成24年12月号 | |
上石隆明 |
茄子ぬか漬け咀嚼した後深紫が今に咽喉ゆすべり落ち行く 一円玉鈍く光りて拾われず値上げ地獄が始まる十月 夕暮れの秋刀魚の匂いは秋を告ぐ細き指なる母が焼きおり 息潜めて日射しを避けて過ごす日々私がわたしでなくなる真昼 カツカツと靴音響くこれは夢いつものことだ汗にまみれる どのような姿をしおり亡き父は母に変わりて上げし供えを |
斉藤芳生 |
土蔵は残り祖父の一生の溢れ出づスーパームーン煌々たる夜 小春日の土蔵の白壁あたたかく祖父母の不仲など知らざりき ハイカラな祖母でありしよ数百のハイヒール履かぬまま土蔵に積み 集落を逃げ出したかった祖母の靴黴ながら土蔵に積まれていたり 暗闇に土蔵の壁蹴り続けしや祖母の残せる数百の靴 福島のこどもが一人またひとり消ゆる園舎や赤蜻蛉来る |
水野洋一 |
真夜深く微かに聞こゆる蝉の声酒井幹夫の寝息のやうに 頼るべき一本松もなくなりぬ君の魂どこに行くのか 部屋囲み酒酌み交はし君とわれ最後の君を思ふ宮古市 船上で餌をまきたる酒井君野球帽子を横に被りぬ 大都会行きたい気力すでになく裏ぎりのない自然好みぬ |
癌オペののち 高橋俊彦 |
膵臓にわれ癌を得て九時間のオペは意識の外にありたり 苦しみがなくて安けく行けるなら越ゆるも良かろ黄泉平坂 姉逝きてはや百日か我もまた病める身なれば墓参も成らず わが姉のみまかりたると聞きし時泪溢れつ病臥なしつつ 抗癌剤打ちたる後はぐるぐると胃の腑が回る地球が回る 横臥して抗癌剤の暴れ馬その静まりをぢつと待ちをり |
鴇 悦子 |
描き留めんおしゃぶりを吸い眠る児の今この瞬間を頬の柔さを 鉢に咲く花ではないの合歓の夏あまた淡き色思い出す佐渡 小佐渡越す山道に咲く薊の色幼きままに記憶の戻る 山椒に蛹と成らん幼虫の角立てわが身守る秋陽に 夢とうもの心の澱を掻き回し瞼の裏に君を立たしむ |