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平成25年12月号
上石隆明 独り立ちし息子の部屋の物悲しさ埃を被るニコロビン立つ
取っ組み合いの喧嘩した日も遥かなり巣立ちし息子は何を残せり
真夜中に鳴り響きたり携帯の無心の声は小さくいつも
八月の記憶に浸る青空が吸い込まれ行くよう眩暈が続く
飼い犬のしずかな嘔吐見つめるも生きていく事みんな辛かり
秋空はどんな言葉も奪いさる金木犀咲き遠のく岸辺
切なさを告げられぬ事のもどかしさ妬みて人を恐れる秋は
斉藤芳生 ふくしまはスズメガのあおき幼虫の身を反り返し食むやわらかさ
除染土を埋めし庭より木犀のためらいもなく香りくるかな
蜻蛉の飛翔あつめる灯を数う長月の夜の麦酒「澄みきり」
淵深き川棄つるとき負う傷よ蜻蛉は翅ふるわせて落つ
除染作業の大きマスクに熱はこもり刈られて黄金(キン)に乾く秋草
巨きく古きビル次々と壊されて平たく暮れゆく福島よ
水野碧祥 沿岸部眺めみるなり機窓から着陸態勢十月五日
衣食住全て失ふ被災地を金繰り捨てる昭和の妖怪
農民と国民捨てた岸総理妖怪歩きぬ国会議事堂
復興の工事妨げ被災地の業者奪ひぬ突貫工事
鴇 悦子 胆汁の色して記憶戻りきぬ秋の暮れ方風来るような
石榴ざくろ何を詰めてか膨らみて秋陽に当たり朱く燃えおり
目線先めがけて寝ころぶ老い猫の愛欲る形新聞の土
ぽっこりと身を膨らます綿の実の弾け初めてる一果あり
弾けいる綿の実に触れ母偲ぶ板の間に敷き布団縫いしを
塀越しに雪崩れて咲きしクレマチス白き小花の待ち受け画面
風化U
中根次朗
夢に見て初めて死者と別れると教へてくれし「海馬」の講座
処暑の雲、梳き終へたり母が髪、細く素直に、銀のごとくに
谷川のほとりの宿に寝ぬる夢・・・・酸素吸入機器のせせらぎ
一日に一つの菓子に粥わづかいよよ消えむか母が残り火
重治の翁の遙かに及ばねど吾にも迫る「歌のわかれ」よ